Love the world you live in.

自分の世界を愛そう!がテーマ。食べもの、旅行、ひと。島暮らし、英会話講師を経て2016年8月からシドニーにワーホリ。※ブログ改装中

ごまかすこと

いつも購読してるブログがあるんですが、それを読んで、「あーこれわたしのことだ!」っておもいました。

なんか人にいわれたり、いろいろ思われるのが気になって、それがいやで、先回りして「そうやって思われたり言われるのわかってるよ」て言ってしまったり書いてしまったりすることがあるわたし。
こういうの自意識過剰っていうらしいけど。

でもそういうふうに自己弁護ばっかりして言いたいことをはっきりいわないのはおもしろくない、と。
他人に好かれようとばっかりしてまわりが離れていくパターン・・・

共感される文章にはその人がほんとうにおもってることをスパーっと書いてあって、共感される分反発もあるんだけれど、反発をのがれようとなにがいいたいのかわからない文章をかくと、反発もない分共感もえられない。

その記事→ 言葉が現実化するとき 2012.1.14 : 宇宙となかよし


たしかに、読んでておもしろい文章って、なにもごまかしがないし、本音で書かれている。
「この人こんなにはっきり書いて、大丈夫なんかなー、何様、とか思われそう」(←この時点でも他人基準)とか思いながらも、(やっぱり反発もおおいらしい)すごくためになるし、ある人の指摘によって拒絶反応がでてくるっていうことは、自分の弱点にふれているっていうことだから、読んでしまう。

で、だいたい批判する人は、その相手が本当にいいたいことをちゃんとよんでいない。
文字はよんでるけどちゃんと読んでいない。表面だけ。
あと、「理解しよう」という気持ちがないからすぐ揚げ足取りになる。
ネット上でよくみるけど、そういう人ってすぐわかる。


ちょっと話がそれた。。
言いきれる人ってかっこいい。言葉=行動だから、行動にもぶれがない。

いつからか、本音をいうのが怖くなった。

関西弁でよくいう「知らんけど」もぼやかしのひとつ。便利。というかわたしがよくつかう。
「聞いた話によるとそうらしいけど、あってるかどうかはわからない、言ってみただけ」というニュアンス。
わたしは自分の意見に自信がなくて、受け売りばっかり。。。
はぁ、いつからこんなんなったんだ。。
信頼できる人がおすすめしてるもの(お店とか)は、たいがい自分も自信をもっておすすめできるのだけれど、自分がおすすめできると思って、まわりでそういう人をきかなければ、みつかるまでだまっていることもある。

あとはなんだ。
嫌われたりがっかりされるのがこわい。ひとりになるのがこわい。

きっとなんかそのきっかけになった出来事があるはずなんだ。。
なんだったけな。

ちなみに過去の出来事は書きかえられるよ→
星占い&幸せのヒント ジーニーの「助けてエンジェル」

中学のとき、放課後何人かの友だちとしゃべっていた。たしか進路のはなしだったかな。
ある子が(いじわるですきじゃなかった)、そこにいた友だちの兄弟のことをわるく言った、というかばかにした発言をしたので、わたしはそれに腹をたてて、はっきりと何をいったかは覚えてないけれど、とにかくその発言に抗議をした。(まあ一言くらいだったけど)
それで、わたしはその後すぐに帰った。
その時わたしはあとで、もしかして怒るところじゃなかったのか、とかいやなことを言ってしまったなあとか思ったのだけれど、あとでその場にいた別の子が、「わたしもそう思ったし正しかったとおもう」といってくれてうれしかった。
わかってくれるひとも、たしかにいるのだ。

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