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Love the world you live in.

自分の世界を愛そう!がテーマ。食べもの、旅行、ひと。島暮らし、英会話講師を経て2016年8月からシドニーにワーホリ。※ブログ改装中

最近のふりかえりと、わたしなりの英語学習に関する精神論。

ここ最近仕事もたのしいし人間関係もうまくいってるし、旅行も年に一回くらいはいこうとおもったらいけるので前ほど海外どうしても出たい欲がなくて、(もちろんいつかはでたいんだけども。)ちょっとした短期目標なんかはあるけども、ちょっと調整が必要で、いまはフローに逆らわず流れてるってかんじ。流れるままぷかぷか浮かんでるだけどいうか。
っまーーーー居心地がよすぎて、もともと安定志向というわけでもないですが、外にでる気力が今はないね。猫ちゃんもいるし。そもそも生きていて安定なんか信じてないからね。いつなにがおこるかわからない、っていうのは片隅におぼえているつもり。それでも普段と同じ、に慣れてはいるけれど。
ありがたいことです。
いまはそんなかんじだけど、ぽんっていくときはけっこうトントンと、でていってしまうほうなのかな、と思うので今は単純にそういう時期じゃないんだろうな、っておもう。
けっこう自分の気持ちにすなおになるようにしてる。
ちょっとまえに本当にたいせつな友人が海外に旅立ったときは、うれしくもさみしくもあったけど、同時に彼女の生活がほんとにうらやましく感じた。隣の芝生は青いっていうけど、そういうことなんだろうけど、めまぐるしく日々がすぎていくわたしにとっては、しっかり深呼吸しながら、日々を丁寧に生きていくようなイメージがほんとに素敵で。わたしも本当はそういう生活がしたい。
かといって、こういうふうにいろいろやることがあるのも楽しいのだけれど。
その気持ちに気がついた時、わたしももうそろそろそういう時期だな、って思ったのだけど、まだちょっと違うね。わかんないね。
ま、わかるときがくるよ。
ってあまり気負わずにタイミング見計らいながらも、どうしたいのかは考えるようにしてる。
留学にいったことないのがちょっとしたコンプレックスというか(変だけど)これはどうしてもこの人生でいっておきたいんだけど、でもほんとうに行きたいんだったら何が何でもやることやって必死に準備してるはずなんだけど、そこまでやってるかというと何もしてないんだよね。ということはまだ行きたい気分じゃない、というか勇気がない。
で、そもそもなんのために行きたかったのかというと、英語がすきでいろんな人たちのなかにまざるのがすきっていうのもそうなんだけども、自信とか知識をつけたいっていう気持ちや、純粋にすきな勉強だけしていたいっていうのもあったんだけども、留学だけがその欲求を叶える手段ではなくなってきたというか。
勉強はいつでもどこでもできるし、英語は普段つかってるし、教え方は会社が教えてくれるし、留学がすべてじゃなくなった。日本でもいろんな人たちのなかに混ざれる。
それだな。
あーでもニート生活なつかしい。笑
これニート経験したらわかるけど、暇すぎたらほんと逆に働きたくなるよ。人はだれかの役に立ってるっておもえないとどれだけ生活にこまらなくてもつらい。すくなくともわたしは。
だから、休むことにそんなかりかりしないでいろんな人ができる限りギャップイヤーというかギャップ期間をとれたら、もっと余裕のある社会になるのにな、っておもいます。
ってなんのはなし?なにさま?(^q^)
とかいいながら休むことに罪悪感を感じるほうですが。


職業柄、いろんな方に会ってそれぞれが英語を学ぶ理由とかも様々なんですが、
立場的にこんなこというのもあれだけど、
わたしはわたしなりに自分のできる範囲の能力で役に立ちたい、サポートしたいっておもってるけど、したくないことはしなくていいんじゃない、って本心では思ってる部分もある。

あまりに英語、英語っていわれていて、もちろんあるにこしたことはないんだけど、実際わたしもこれだけ勉強してきてほんとうによかったって思うことが多いし。
でも他の人の希望とか軸を背負ってる人がもしかして多くないですか?

資格があったら役に立つから、ってすきでもないことを使うかどうかわからないことのためにとりあえずとるっていうのが、なんというか前向きに選択肢を広げようっていう前提だったら大賛成というかむしろすごいなって思いますが、逆にこんなことでもしておかなきゃわたしにはなにもない、っていう前提だったらもっとほかにやりたいことあるでしょう、っておもうんだよね。
NOMBですが。(None of my business、余計なお世話の意味。)
英語ほんとうにできるようになる人は、「どうやったらできるようになりますか?」ってきいてとりあえずやってみるしいろいろ試行錯誤するのでほんとにできるようになる。すぐに結果がみえなくても、できないって感じてもプロセスをたのしんでいる。一方、もちろん語学だからそんなすぐのびないんだけど、それでもずっとつらそうにのびないっていってるひとは、「どうやったら?」ってききながらとくにきくだけで何もしないし、そもそも必要性を心の底から感じていない。またはやっぱり自分のやり方にこだわっている。というかそもそも自分ができるっておもってない。自分が「わたしはできる」って信じないと。根拠なくても。意識の力。これ強い。一番のびない方法は、のびないのを自分がやってないことじゃなくて、まわりの環境のせいにすることだろうね。
どんだけ忙しくても必要な人は時間つくるからね。
あー、ほんと自分なにさま。
まあいいや、ていうかそもそもここで問題なのは、「自分がやらないだけなのにそれに気付かない」っていうことじゃなくて「自分には必要じゃなくて本当はやりたくないのにそれに気づいてなくてとりあえず自分の気持ちおしこめて、まわりがそういってるからとか、まわりにそれを期待されているからとか、そのせいでやっている」っていうこと。
あ、もしかしてそういうふうにみえる自分に問題がある?笑

いらないんだったら、やめちゃいなYOとか口がさけてもいえませんが、ほんとはそうおもいます。
いまどうしても身がはいらないんだったら一回やめればいいよ。必要なときはくるんだから。辞める前に自分がやっている理由はもういちど見つめなおしたほうがいいけどね。やめたことをまたはじめるのは大変だから。


ていうか忙しい時間ない、方法わからないって、

辞書ひいてわからないことをしろうとしてますか?
単語おぼえようとしてますか?
帰ったら気力なくなるのもわかるし忙しいのもわかるけど少しでも時間とろうと努力してますか?
楽しもうとしてますか?

ってわたしが完璧かい、ってそうじゃないけど。
わたしの求めるハードルが高すぎるのだろうか。
もっとできるのに。。。。っておもうことばっかり。
応援したいから期待してるんですよ、、、
もちろんみんなができて当たり前とはおもわないけどね。。。(みんな同じだったらきもちわるいよ。)

わたしだって体育の先生に、できない逆上がりをスパルタでしごかれてもいやだから、「あなたは運動苦手なんだねー」って認めてくれたほうが気が楽だけどね。
でも「練習すればできるようになるんだよーできるようになりたかったらいつでもここにいるよー」っていうメッセージはほしい。
あきらめたくはないのでわたしもそういうスタンスでいたい。

むずかしいね、なかなか人のスイッチをいれるのって。
スイッチONになるかどうかは、わたしのせいじゃないので、気にしないけどね。笑
ぜんぶわたしのせいだったら白髪はえまくってもたりん笑




人間はきらいなことはできないようにできてるよ。
むりやりいやなことをしてるから、すきなことをしてる人とか得意なことをしてる人の足をひっぱってNOYB(None of your business)になってるひとがおおいきがする。(←はまりすぎ笑)

。。。ま、とにかくわたしも視野がせまくなってるのかな。



ときどきこんなことを考えます。長っ。

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