Love the world you live in.

自分の世界を愛そう!がテーマ。食べもの、旅行、ひと。島暮らし、英会話講師を経て2016年8月からシドニーにAUS出身の彼と移住(ワーホリビザ)。2017年8月パートナービザ申請。

認める。アクノレッジメント。「子育てコーチングの教科書」


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今週のお題「最近おもしろかった本」

 

(わあーちょうど本について書こうと思って、ワードで編集してたら、はてなのお題ででてた。すごい偶然。びっくり。)

 

愛情の反対は無関心。

 

人との関係で、自分が大事にされてるな、愛されてるな、って気付くのはやっぱりどれだけその人が自分のことを気にかけてくれるか、それと、「気にかけてるよ」っていうのが伝わってるかどうかですよね。

 

褒め言葉でもプレゼントでもない。認められること。

 

「子育てコーチングの教科書」という本を最近読みました。

たまたま本屋さんで手にとってみたのですが、特に子育てしてなくても、本にでてくる人との関係とか、やりとりがすごく暖かくて、ほろりときました。

コーチングもちょっと前から興味あったんだけど。

 

一番印象にのこってるシーン。

著者の小さい娘さん、ちはるちゃん。(仮名らしい。)

手術のため病院に入院することになったんだけど、そのちはるちゃんはすごくシャイで、初対面の人は無視してしまうこともあるくらいなんだそう。

そこで担当することになったお医者さんが、ちゃんと顔をみて「こんにちは」とはっきり言ってくれたことや、ちゃんとお話してくれたことで、著者であるお母さんも、「大切にされている」ことを感じたり、「充実感」を感じたそうです。

そして無事退院することになったちはるちゃん。

彼女は、大人の人に「ありがとう」と伝えることがあるんだけど、タイミングとか、声が小さかったりして、なかなか伝わることがない。

そしてこの時もかすかな声で、「ありがとう」と言って、今回も伝わらないだろうと思ったら、

 病院を出ようとしていた先生は、そのかすかな声を聞きとめると、くるっとこちらに向き直り、体をかがめ、娘に視線を合わせてちょっと微笑んでひとこと、「どういたしまして」と応えました。

(引用 「子育てコーチングの教科書」あべまさい 著 p80)

 

 

なんてすてきな先生だろう、って思いました。

こういう大人になりたい。

 

あとは、よくでてくるちはるちゃんとピアノの先生のやりとりもすき。

先生は、小さいお手紙をもらって「うわあー」と言ってじっくりみて、すごく喜んだり、

演奏の仕方をおもしろく実演してみせたり。

たとえば、「だんだん大きく」っていう弾き方がわからなくて、体をつかって「こんなかんじよおーーー」と部屋のすみっこからせまってきたり。

 

本当に素敵。

 

 

この本を手に取ったのは、なにかティーチングのヒントにもなるかな?って思ったのだけれど、これを読んでから、「あ、そうか、こういうふうにしたら素敵なんだね」っておもいました。

なんか今まで一生懸命褒めようとして、うまく言葉がでなかったり、自分のことに追われてしまって生徒に十分に声がかけられなかったりしたんだけど、これを読んだら無理しないで、じっと観察しよう、認めよう、って思うようになりました。

ちょっと前から無理に褒めようとするのはやめようと思ったんだけど。

もちろん心の中ではそれぞれの人を「この人はこういう人なんだな、」「あ、こういうところもあるんだな、」という感じで受け入れていたんですが、それ思ってることたぶん伝わってないもんね。

 

で、自分の立場で置き換えてみようと思って、考えてみたんだけど、

わたしは結構学校すきなほうで、中学の頃からは「自分は先生に気に入られるほう」ってなんとなく思ってたんだけど笑。(または、気に入られたかったのか、優等生でいたかった。)

 

この本読んでから思い返して、「ああ、これはアクノレッジメントだったのか」って思ったのだけど、

大学のときすごく大好きな恩師がいて、アメリカ人の先生ですごく面倒見がよくて、学んだこともすごく大きくてあの先生の授業受けられてよかった、って本当に思ったのだけれど、それってきっと授業の内容だけがよかったからではない。

自分は英語がんばってきたからやっぱり先生にはどちらかといえば「できる子」って思ってほしかったんだけど、何百人も教えてる先生だしわたしばっかり見ていられないっていうのも十分承知してた。

 

ある時、その先生が、卒業間際だったかな、

“You are a very good listener.”

って言ってくださったのを、今でも覚えていて、

すごくうれしかった。

先生はわたしがちゃんと聞いてるのを気付いてくれてるのか、と。

 

自分が自分なりに努力しているのに、もちろん人に認めてもらうためだけにがんばるわけじゃないのだけれど、それでも見てほしい人に見てもらえないとむなしくなる。

大学1年のときは、ぜんぜん授業についていけなくて、自信満々だったわたしの鼻はぺしぺしおられてたんだけど、挫折しかけて、その後気持ちを入れ替えて発言をがんばるようにした。(ネイティブの授業は発言しないと参加していると認めてもらえない。)

自分なりには大変身だったのだけれど、それがある時、その時の先生に、なんかふとした時だったか、評価のコメントをもらったんだと思うけど、「きみはもうすこし発言するといいね」とかなんだったかな、自分の変化をみじんも知ってもらえてないようですごく悲しかったな。わたしのアピールが下手だったのかな。おかげで成績もあまりよくなかった。笑

まあすべてにおいててきとーな先生だったから、あきらめたけど。笑

でもそのコメントのおかげで燃えたけどね、逆に。

 

別に誰にとってもパーフェクトな先生でありたいとは決して思わない。

人間だから合わない人もいるって知っている。

でも、自分自身からみて「理想の先生」ではありたいなあとおもっている^^

 

おしまい。

 

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