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Love the world you live in.

自分の世界を愛そう!がテーマ。食べもの、旅行、ひと。2016年8月からワーホリ。

3月のつれづれ。

ひと ぶつぶつ わたし 日本

ブログやっててよかった、って思うのは、「去年の今頃ってどんなこと考えてたっけ?」って振り返りやすいってこと。

ここ最近も自分のブログの過去記事を時々よんだりしています。

教える仕事をしているせいか、わたしにとっての年の始まりって1月っていうより4月のほうなんだな。みんなそうかしら。

もちろん年末にもいろいろ考えたりするんだけど、年末年始は休む時間。4月はだんだん暖かくなってきてやる気もみなぎってくるし、いろいろ始めたくなる時。

去年はこうだったから、これからはこうしたい。ともいろいろおもう時。

 

わたしにとってこの3月はいつもとは大幅にちがう。

いつも会えるのが当たり前だった人たちにはもう会えなくなる。

基本的に、今まで最後のクラスでも特別にメッセージを渡したりっていうことはしなかったんだけど、(不公平にならないように、100か0がモットー。基本的に物はあげない。生徒数が多いので結局0を選んでた)最後だしと思って一人一人に短いメッセージカードを差し上げることにしました。正直、自己満足だけど、もらって嫌な気持ちしない人なんていないだろうし、むしろ手書きなんてこの時代レアだから誰でもうれしいよね、って思って。(「わたしなんて」って思ってた過去の自分からはこういうふうに思えるようになったなんて想像できないだろうね。)まあ、もちろんなんとも思わない人も中にはいるだろうから、それは受け取った人の自由にしてくれたらいいとおもって書いたんだけど。わたしがしたいから、それでいい。先週、一気に作りながら、数年教えている子どもたちとか、わたしのクラスで楽しく通ってくれている大人の方とか考えるとちょっと切なくなってきたよねー。

ぼちぼち、「来年も先生?」って聞かれる頃なので、正直に「もう担当はしないんだー」って答えるんだけど、小学生の子たちが、「エー先生じゃなかったらいやだー」「再来年また帰ってくる?」「またどこかで会えたらいいな」とか言ってくれて。「担当はしないけど、もし先生がお休みだったら代わりにくる可能性はあるよ」っていうと、「えーいややー!新しい先生やすめーやすめー」とか言ってくれて、「そういってもらってうれしいけど、そんなんいったらあかんー!笑 ほら他にもいい先生いっぱいいるよ!」っていいつつ、結構うれしかったりして。新しい年が始まったらそれでそっちに慣れて、「そいえばそんな先生いたっけな、」ってだんだん風化されていくもんだろうな、とも現実的に思うのだけれど。

こないだの、小学生のレッスンで、そんなことを言ってくれたとてもかしこくてよくできるとある女の子が、テストを返却されて思ったより点数がよくなくて(それでもすごく高得点なんだけど)泣きだしちゃって、一緒にもらい泣きしそうになってそばにいながら泣いているのを見守っていたんだけど。「どんな気持ちがした?そっか、だんだんできなくなってる気持ちがしたんだね。こないだも難しい英検うけてたもんね。でも今習ってることもすごく難しいし、あなたはよくできるんだよ、心配しなくても大丈夫だよ!」って声をかけつつ、しばらく泣いたあと、すっきりしていつもどおりになってたんだけど。そういうこともあるよね。そういうときに「泣かない!」って我慢させるとよくないとおもったからそのままにしておいた。

思い出しても泣けてくるよ。悔しかったんだね。

その子が泣いている中、そのクラスはいつも4人なんだけど、そのうち男の子2人が英語はすきなところもあるんだろうけど、どちらかというと勉強したくない子たちで、そもそもそのクラスが全体的にいつも疲れているので、やらないといけないことをさせるのも大変なクラスなんだけど、その日は男の子二人ともすごくやる気で、普段はわたしが何回も言わないとてきとーにすませようとするスピーチの練習も、わたしが泣いている子につきっきりでも熱心にやっていて本当に上手にいえるようになって。時々、「これなんてよむの?」って聞かれて、一緒に練習してたよ。

なんかそういうのにも感動しちゃったなー。彼らなりに泣いている子に寄り添っていたように見えたよ。

 

新しいことにもわくわくしてるんだけど、こういうこともなくなるって思うとちょっと切ないね。

教えることがすきだし、わたしにとって、すごく良い仕事だっておもう。でもまたやりたいかどうか今はわからない。もちろん教える仕事は続けたい。でも、わたし自身まだまだいろんなことに興味があるし、どんどんバージョンアップしつづけたい。

 

最後の日は泣く自信がある。笑

あの子たちもきっとかなしいだろうなーとか思えるようになった自分にもびっくり。

気付けば、好意的に思ってくれているだろう子たちのほうがよく頭に浮かぶようになって、わたしもだんだん悟ってきたね☆ていうのか。

 

アドラー心理学の考え方がすきで、とくに「誰でも人は対等」っていう考え方がすごいな、って思うのだけれど、わたしも子ども相手はとくにそう思うようにしている。

なんか、子ども相手だと素直になるような気がするな。

大人の権力をふりかざして言うことを聞かせようとする自分にも気付く。一緒に子どもっぽくふざけたりもする。

子どもの方が直感とか優れているっておもってて、取り繕うとしたりごまかすと全部見抜いてるだろうな、って思うよ。